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名古屋高等裁判所 昭和33年(ネ)305号 判決

控訴人 被告 三間志ん

訴訟代理人 森健 外一名

被控訴人 原告 田中喜一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、被控訴人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、左記に附加するところの外、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人は、次のように述べた。

本件宅地は、控訴人の亡夫三間栄次が、その後妻として娶つた控訴人に対し、同人と控訴人との間に出生した六男訴外三間進が日支事変に応召して戦地に赴くに際し、同人が万一戦死でもすれば、控訴人の老後を見てくれる者がいなくなるため、これを贈与したものである。そして、右贈与のことは、当時控訴人の家族にも知らされていたのであるが、戦時中でしかも田舎のことであつたから、これについて明確な書面の作成や移転登記の手続等をせず、控訴人も身内のことであり、又その知識もなかつたため、これをそのまま放置しておいたものである。

仮に、訴外成瀬正一、同三間稔等が、本件持分移転登記の頃、本件宅地の共有持分を抛棄したものとしても、当時主債務者訴外揖斐川木工製作所(以下、単に揖斐川木工という)及び連帯保証人成瀬正一は、他に多額の資産を有していたのであるから、成瀬正一及び三間稔等の両名には、債権者を害する意思など全くなかつたのである。

即ち、揖斐川木工は、本件持分移転登記の日たる昭和二十九年九月九日当時において、訴外株式会社十六銀行(以下、単に十六銀行という)に対する債務総額が三百三十五万円であつたのに対し、その資産は少くとも七百万円あり、それは、十六銀行に対する右債務額を遙かに上廻つていたのである。十六銀行は、同年九月二十四日右手形貸付金の内二百三十五万の債権保全のため、揖斐川木工に対し、同会社所有の機械、材料、製品等動産の一部につき仮差押をなしたのであるが、その仮差押動産の評価額によつても、優に右債権額を充足し得たのである。そして、右評価額は、時価の三分の一以下であることは、公知の事実であるから、同年九月九日当時における揖斐川木工の資産は、最低に見積つても七百万円を下ることは、絶体にない状況であつたのである。もともと揖斐川木工の経営状態は、当時危機に瀕していたわけではなく、十六銀行よりは昭和二十一年以来常に二、三百万円の融資を受けていたのであつて、昭和二十四年四月には同銀行より五百万円の手形取引の枠を与えられ、手形を書替えて取引を継続していたのである。しかるに、同銀行は、僅かな感情の行違いから、揖斐川木工に対し、突如として取引停止に続く一連の強硬手段に訴えるに至つたのである。しかし、揖斐川木工は、特別営業状態が悪化していたわけでなかつたので、その後直ちに株式会社大垣共立銀行(以下、単に共立銀行という)と取引を開始し、同銀行より融資を得ることができたのである。

次に、成瀬正一は、昭和二十四年九月九日当時において、時価合計三百万円にも達する別紙目録(一)に掲記の建物(建坪総数三百六十余坪)を所有していた外、時価合計八十万三千七十円(控訴人の主張する六十七万七千七十円は誤記、七十六万七千七十円は違算と認める)に及ぶ別紙目録(二)に掲記の動産をも所有しており、総額三百八十万円を下らない資産を保有していたのである。因みに、成瀬正一は、その後右建物につき、共立銀行より三百万円の担保価値を認められ、同銀行のために総額三百万円の根抵当権を設定しているのである。

そして、成瀬正一は、同年九月九日当時揖斐川木工の代表取締役として、同会社を統轄主宰していたものであり、又、三間稔は、当時同会社の監査役の地位にあつたのであるから、同会社の資力が十六銀行に対する前記債務を弁済して余りある状況にあつたことを充分知悉していたのである。従つて、成瀬正一及び三間稔の両名において、当時債権者を害する意思など毛頭有しなかつたことは、明瞭であるというべきである。

仮に、成瀬正一及び三間稔が債権者を害する意思の下に、本件宅地の共有持分を抛棄したものとしても、控訴人は、右持分抛棄当時既に六十才に近く、しかも、田舎育ちの世事にうとい一婦人に過ぎなかつたのであるから、その間の事情は全く知らなかつたのである。控訴人は、当時三間稔と同居し、その居宅と揖斐川木工とは、距離にして一丁半程の近くにあつたとしても、三間稔は、母である控訴人に仕事上のことを一々話していたわけではないから、控訴人が揖斐川木工の営業状態並びに成瀬正一や三間稔の債務関係等について了知するようなことはなかつたのである。

なお、被控訴人の後記主張事実中、揖斐川木工が成瀬正一等の本件宅地共有持分抛棄の当時被控訴人主張のように、諸税並びに健康保険料等を滞納していたことは、これを認める。

被控訴人は、次のように述べた。

本件宅地は、控訴人の亡夫三間栄次がその生前に控訴人に贈与したものではない。同人の遺産を相続すべき者は、その実子であつて同人が生前に妻である控訴人に財産を贈与すべき格別の理由はなかつたのである。控訴人の主張によれば、本件宅地が控訴人に贈与されたのは、昭和十八、九年頃というのであるが、控訴人の亡夫が死亡した昭和二十二年八月までの間に、本件宅地につき贈与の登記手続等はなされていないのである。

揖斐川木工は、昭和二十四年九月初当時十六銀行に対し手形借入金三百三十五万円、共立銀行に対し借入金五十万円、岐阜県民生部保健課に対し健康保健料等の延滞金六万四千百五十二円、大垣税務署に対し諸税滞納会三十万円余、その外、機械類材料等の買入未払金二百万円、総額六百二十一万四千百五十二円余の債務を負担していたのである。

一方、揖斐川木工の資産は、右債務を弁済するに足る程に存しなかつた。十六銀行は、同年九月二十四日揖斐川木工に対し、右手形貸付金の内二百三十五万円の債権保全のため、同会社所有動産につき仮差押をなしたのであるが、その一部は、健康保険料等の滞納処分により公売に付され、右仮差押にかかる下駄類も、当時下駄類の出廻りが好くなつたため、売捌きができず滞貨となつていたものであるから、控訴人主張のような価格は勿論なく、十六銀行は、右仮差押の有体動産に対する執行の結果、金二十九万千七百二十六円の弁済を受けえたに過ぎなかつた。

又、控訴人の主張する成瀬正一の所有建物は、合計三十五万円の価格しか有しなかつたのであり、その主張のような価格は到底なかつたのである。同人は、右建物と他の所有土地を併せて、価格合計八十四万二千八十円の資産を有するに過ぎなかつたのである。のみならず、成瀬正一は、同人に対する破産申立後その審理中に、右建物を密かに訴外清水善太郎、同今村俊吉等に売却処分し、その代金を債権者に弁済せずして、債権者の追求を免れているのである。

そして、成瀬正一等の本件宅地の共有持分抛棄は、十六銀行に対する二百三十五万円の手形支払期日の前日である昭和二十四年九月九日になされているのである。しかも、それが揖斐川木工の役員であつて、同会社内部の事情を知悉していた成瀬正一及び三間稔の行為であることに着目すれば、右持分抛棄の動機が奈辺に存したかは、云わずして明かである。更に、成瀬正一は、その頃大垣市藤江町二丁目百十八番地所在の木造二階建居宅につき、同人の長男訴外成瀬嘉征名義に所有権移転登記をなし、これに成瀬正一の姉訴外杉本志づ親子を居住させているのであり、又、三間稔は、その後本件宅地上に五十万円を投じて二階建居宅を新築し、これに同人の母である控訴人と共に居住しているのであつて、右の事実は、成瀬正一及び三間稔親子が本件宅地の所有名義を変更した当時の事情を推測させるに充分である。

当事者双方の証拠は、次のとおりである。

被控訴人は、甲第一号証乃至第十二号証並びに第十三号証の一、二を提出し、原審における証人長屋金之輔、同杉本志づ(第一回)及び同三間稔並びに当審における証人坂本精郎の各証言を援用し、乙号証につき、第一号証、第二号証、第三号証の一乃至四、第五号証第七号証の一中郵便官署の作成部分並びに第八号証の各成立を認め、第四号証、第六号証並びに第七号証の一中郵便官署の作成部分を除くその余の部分及び同号証の二の各成立は、不知と述べた。

控訴代理人は、乙第一号証、第二号証、第三号証の一乃至四、第四号証乃至第六号証、第七号証の一、二並びに第八号証を提出し、第六号証は、訴外成瀬正一においてこれを作成したものであると述べ、原審における証人杉本志づ(第二回)及び同成瀬正一並びに当審における証人古井勇二及び同成瀬正一の各証言を援用し、甲号証につき、その各成立を認め、同第八号証及び第十号証を利益に援用した。

理由

訴外成瀬正一及び同三間稔の両名が、昭和二十九年十二月二十四日岐阜地方裁判所大垣支部において、いずれも破産の宣告を受け、被控訴人がその破産管理人に選任せられたこと、本件宅地(大垣市宮町四十六番地の一宅地四十九坪九合一勺)は、もと訴外三間栄次の所有に属していたこと、同人が昭和二十二年八月四日死亡したこと、同人の妻である控訴人並びにその子である訴外成瀬正一、同三間稔及び同杉本志づの四名が、昭和三十四年九月九日本件宅地につき所有権(共有)の保存登記をなし、同時に、控訴人を除く成瀬正一等三名の者が本件宅地の共有持分を抛棄したとして持分移転の登記をなし、これを控訴人の単独所有名義となしたことは、いずれも当事者間に争のないところである。

控訴人は、本件宅地は、亡夫三間栄次の生存中に同人より贈与を受け、同人の死亡当時既に控訴人の所有に属していた旨主張するのでこの点を案ずるに、控訴人の右主張に添うような原審証人成瀬正一、同杉本志づ(第二回)及び当審証人成瀬正一の各供述部分は、原審証人杉本志づ(第一回)、同三間稔の各証言、成立に争のない甲第八号証、及び本件弁論の全趣旨に照して措信しえないし、他に右主張事実を確認しうべき証拠がない。そうとすれば、本件宅地は、亡三間栄次の死亡当時なお同人の所有に属していたものと認めねばならず、成立に争のない甲第十号証及び前掲甲第八号証によれば、右三間栄次の死亡により、同人の妻である控訴人並びに二男成瀬正一、八男三間稔及び長女杉本志づの四名の共同相続が開始し、本件宅地は右控訴人等四名の共有となつたこと、その共有持分は、各自の相続分に応じて、控訴人が九分の三、成瀬正一等三名が各九分の二であつたことが明白である(民法附則第四条、第二十五条)。

ところで、成立に争のない甲第一号証、前掲甲第八号証、原審証人杉本志づ、同三間稔及び同成瀬正一の各証言(一部)によれば、本件宅地の共有権者たる成瀬正一、三間稔及び杉本志づは、昭和二十四年九月九日頃控訴人に対し、各自その共有持分を抛棄して、本件宅地を控訴人の単独所有となし、前述のように持分移転の登記手続をなしたものであることを認めることができ(右認定に反する前記証人並びに当審証人成瀬正一の各供述部分は、たやすく信用しえない)。被控訴人は、成瀬正一及び三間稔両名の右共有持分抛棄行為は、いずれも債権者を害することを知りながらなしたものであると主張するので、以下この点について考察する。

成立に争のない甲第二号証乃至第九号証、第十一号証、第十二号証、第十三号証の一、二、乙第一号証、第二号証、第三号証の一乃至四、第五号証、並びに原審証人長屋金之輔、同三間稔、同成瀬正一及び当審証人成瀬正一の各証言(一部)によれば、次のような事実を認めることができる。即ち、訴外揖斐川木工は、昭和二十四年四月一日十六銀行との間に、成瀬正一及び三間稔両名の連帯保証の下に、支払期日に手形金の支払を怠つたときは、同銀行は契約を解除し同時に期限未到来の手形金についても当然履行期が到来したものとする旨特約した上、極度額を五百万円とする手形取引契約を締結したこと、そして、同会社は、右契約に基き、十六銀行に宛てて、(一)同年八月十三日金額二百三十五万円、支払期日同年九月十日、振出地岐阜県揖斐郡大和村、支払地同郡揖斐町、支払場所十六銀行揖斐支店、(二)同年八月二十三日金額五十万円、支払期日同年九月二十一日、支払地、支払場所及び振出地いずれも(一)と同一、(三)同年九月十二日金額五十万円、支払期日同年十月十一日、支払地、支払場所及び振出地いずれも(一)と同一なる約束手形各一通を振出し、同銀行より右各手形金額に相当する金員(合計三百三十五万円)を借受けたこと、しかるに、同会社は、右(一)の手形の支払期日にその支払ができなかつたため、同銀行は、その頃右特約に基いて前記手形取引契約を解約し、同時に期限未到来の(二)及び(三)の手形貸付金についても、その履行期が到来するに至つたこと、揖斐川木工は、昭和二十三年七月頃よりその経営が困難となり、資産内容も悪化していたのであるが、これを秘匿して十六銀行その他より資金の融通を受け、辛じてその営業を続けるという状態であつたこと、そして、成瀬正一は右揖斐川木工の取締役社長、三間稔はその監査役の地位にあつて、いずれもその経営に参劃していたのであるから、同人等は、同会社の右のような経営状況を知悉していたものであること、右両名は、昭和二十四年九月九日頃本件宅地共有持分抛棄の当時、十六銀行に対し前記三百三十五万円の連帯保証債務を負担していたのみでなく、成瀬正一は、他にも相当多額の債務を負担していること、しかるに、成瀬正一は、当時その所有に属する資産としては、共有にかかる本件宅地を除いては、別紙目録(一)及び(二)に掲記の土地建物を有するのみであつて、その価格は、総計五十七万五千八百八十万円位(土地五万八百八十円、建物五十二万五千円位)に過ぎず、十六銀行に対する債務額の五分の一にも達しなかつたこと、しかも、同人は、同年十月四日右建物に、揖斐川木工の共立銀行に対する借入金債務のため債権極度額合計二百六十万円の根抵当権を設定していること、三間稔に至つては、当時資産としては共有の本件宅地を除き殆んど有しなかつたこと、そして、十六銀行は、同年九月二十日揖斐川木工並びに成瀬正一及び三間稔に対し、上述の手形貸付金の請求訴訟を提起し、同年十二月十九日これが勝訴判決をえて強制執行に及んだが、これより先同年九月二十四日、揖斐川木工に対してなした倒産仮差押の処分もその効なく、同会社が多額の法人税、事業税並びに健康保険料等を滞納していたため、同会社よりは殆んど右貸付金を回収することができず(尤も、その後、昭和二十七年九月十六日に金五万八千五百九十六円、昭和二十八年二月十日に金二十六万三千百三十円の弁済を受けた)、成瀬正一に対する強制執行により僅かに金一万七千円の弁済を受けえたに過ぎなかつたこと、そこで、同銀行は、昭和二十五年五月二十六日揖斐川木工並びに成瀬正一及び三間稔に対し破産の申立をなし、前述のように、成瀬正一及び三間稔の両名は昭和二十九年十二月二十四日破産の宣告を受けるに至つたこと、なお、成瀬正一は、昭和二十四年九月八日同人所有名義の建物(大垣市藤江町二丁目百十八番木造瓦葺二階建工場、建坪三十六坪、二階坪三十六坪、附属木造瓦葺平屋建炊事場、建坪三坪)につき、同人の長男訴外成瀬嘉征に対し贈与による所有権移転登記をなしたこと、そして、昭和三十一年六月四日岐阜地方裁判所において、成瀬正一は、債権者たる十六銀行を害することを知つて、同人所有の右建物を長男嘉征に贈与したものであるとなして、これが取消並びに登記の抹消を命ずる第一審判決があつたこと、以上の事実を認めることができる。右認定に反するような前掲多証人の供述部分は、右に挙げた他の各証拠に照して措信しえないところであり、その他叙上の認定を動かすべき証拠はない。尤も、前掲乙第三号証の一乃至四によれば、昭和二十四年十月四日別紙目録(一)に掲記の建物につき、共立銀行のため債権極度額合計二百六十万円の根抵当権設定登記のなされていることを認めうるが、揖斐川木工は、右抵当権設定登記以前の同年九月当時において、既に同銀行に対し二百万円位の借入金債務を負担していたことが窺われ、同会社が右抵当権の設定により、新規に右金二百六十万円の金員を借入れたものであるとは認め難いから、右登記の存することをもつて、直ちに、右建物が同銀行により控訴人主張のような担保価値を有することを認められたものとすることはできない。従つて、右乙第三号証の一乃至四をもつて、右建物の価格を上述のように認定する妨げとはならない。なお、控訴人は、前述の不動産の外に、本件持分抛棄当時価格合計八十万三千七十円に及ぶ別紙目録(三)に掲記の工具類を所有していた旨主張し、当審証人成瀬正一の証言によれば、当時揖斐川木工の工場内に右工具類があつたことは、これを肯認しうるところであるが、右工具類が同会社の所有ではなく、成瀬正一の所有に属するものであつたことは、この点に関する右証人の供述部分は、たやすく信用できないし、他にこれを確認するに足る証拠がない。又たとえ、右の工具類が右証人の供述するように、成瀬正一の所有であつて、それが当時八十万三千七十円の価格を有するものであつたとしても、同人の資産は、前述の不動産と併せて総額百三十七万八千九百五十円となるに過ぎず、前記十六銀行に対する債務額に程遠くその半額にも満たないのであるから、同人が右債務弁済の資力を有しなかつたことには、全く変りがないといわねばならない。

しかして、上記の認定事実に、前段認定にかかる本件宅地共有持分の抛棄が前記(一)の約手束形の支払期日の前日たる昭和二十四年九月九日頃に急遽なされ、持分移転登記が即日になされていること、及び、成瀬正一等の右持分抛棄により直接利益を受けたのは、同人等の母である控訴人である点を併せ考えれば、成瀬正一及び三間稔の両名は、本件持分抛棄当時、債権者たる十六銀行を害することを知りながら、敢えてこれをなしたものと認定するのが相当である。

なお、控訴人は、主債務者揖斐川木工は、成瀬正一等の本件持分抛棄当時、多額の資産を有していたのであり、その資力が十六銀行に対する債務を弁済するに充分な程に存した以上、本件宅地の共有持分を抛棄しても、債権者を害することにはならないから、成瀬正一及び三間稔は、当時債権者を害する意思を有しなかつたものというべきである旨主張するので、この点について判断を加えれば、およそ保証人は、主債務者とは別個に債権者に対し主債務者と同一内容の債務を負担するものであつて、しかも連帯保証債務は、通常の保証債務と異り、主債務に対し補充的な関係において弁済義務を負うものではなく、第一次の順位において、その弁済責任を負うものであり、唯、主債務の成立を前提として義務を負い、且つ主債務の範囲以上の義務を負担しない意味において、主債務に対し附従的な性質を有するに止まるのである。従つて、連帯保証人の行為であつても、主債務と離れて、債権者を害する行為として否認の対象となりうることは勿論であり、その際、主債務者の弁済資力の有無は、連帯保証人の行為の詐害性の判断に何等影響するところがないのである。即ち、連帯保証人の資力の有無、延いては、その行為が債権者を害するかどうかの判定に際しては、主債務者の弁済資力の有無を斟酌すべきではないと解するを相当とする。本件についてみれば、主債務者たる揖斐川木工が控訴人主張のような資産を有し、十六銀行その他に対する債務を弁済するに充分な資力を有していたとしても、その連帯保証人たる成瀬正一もしくは三間稔の弁済資力、延いては、同人等の本件宅地共有持分抛棄行為が債権者を害する行為となるかどうかの判定において、これを斟酌すべきでないと考えなければならない。従つて、控訴人の前記主張は、揖斐川木工の本件持分抛棄当時における弁済資力の有無につき判断するまでもなく失当であつて、これを採用し得ない。

つぎに控訴人は、前示成瀬正一等の本件持分抛棄行為が、債権者を害する行為であるとして、控訴人においてその事実を知らなかつた旨主張するけれども、右主張事実を確認するに足るなんらの証拠がないのみならず、却つて、原審証人杉本志づの証言によれば、控訴人は、当時揖斐川木工より僅か一丁半位はなれた住居に三間稔と同居していたのであり、同人の揖斐川木工における地位から考え、控訴人も同会社の上記認定営業不振の状況を知つていたものと推察され、従つて、右事実並びに弁論の全趣旨よりすれば、控訴人は、当時成瀬正一等の本件持分抛棄が債権者を害することを察知していたものと推察するに難くないから、控訴人の右主張もまた理由がないというべきである。

以上のようなわけで、破産者成瀬正一及び同三間稔の本件宅地の共有持分抛棄行為は、破産債権者を害することを知つてなした行為として、破産管財人たる被控訴人においてこれを否認しうるところであり、そして、被控訴人による右否認権行使の結果、控訴人は、本件宅地につきなされた成瀬正一及び三間稔の各共有持分(それぞれ九分の二)の移転登記手続を抹消すべきものと云わなければならない。従つて、被控訴人が控訴人に対し、成瀬正一及び三間稔の本件宅地共有持分抛棄を否認し、且つ、右抛棄による持分移転登記の抹消に替え、控訴人より右両名に対して右各持分の移転登記手続をなすべきことを求める本訴請求は、これを正当として認容すべきである。

よつて、右と同趣旨に出でた原判決は、相当であつて、控訴人の本件控訴は、理由がないから、これを棄却すべきものとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判長裁判官 山口正夫 裁判官 吉田彰 裁判官 吉田誠吾)

(別紙目録は省略する。)

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